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大阪地方裁判所 昭和41年(レ)27号 判決 1967年1月26日

控訴人 宮下豊

右訴訟代理人弁護士 植原敬一

被控訴人 北川三郎

<ほか二名>

右被控訴人三名訴訟代理人弁護士 加藤充

右同 佐藤哲

右同 土田嘉平

右同 杉山彬

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人北川三郎は、控訴人に対し、原判決別紙目録二(1)記載の建物を収去して、同目録記載一の土地のうち同別紙図面(イ)表示部分約四六・二八平方メートル(一四坪)を明渡せ。

被控訴人丸山義則は、控訴人に対し、同目録二(1)記載の建物から退去せよ。被控訴人岡山菊三郎は、控訴人に対し、同目録二(2)記載の建物を収去して、同目録記載一の土地のうち同図面(ロ)表示部分約四一・三二平方メートル(一二坪五合)を明渡せ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。旨の判決。

二、被控訴人ら

主文同旨の判決。

第二、主張および証拠≪省略≫

理由

1、原判決別紙目録記載一の土地が、もと訴外寺阪利夫の所有であったことは争がなく、≪証拠省略≫によれば、右土地について昭和三八年三月二二日同月二〇日付売買を原因として、寺阪から控訴人に所有権移転登記がなされていることが認められる。

2、同目録二(1)記載の建物が、被控訴人北川の所有であり、これに被控訴人丸山が居住していること、同目録二(2)記載の建物が被控訴人岡山の所有であること、ならびにこれらの建物が昭和三八年三月当時未登記であったことは、当事者間に争がない。

3、≪証拠省略≫によれば、右北川所有建物が目録一記載の土地のうち、図面(イ)表示部分に、また岡山所有建物が同図面(ロ)表示部分に、存在すること、当時右土地を所有した寺阪利夫は、昭和二六年二月ごろ建物所有の目的で、(イ)部分を北川に、(ロ)部分を岡山に、期間の定めなく賃貸し、右両名はこの借地権に基いて地上建物を所有し、各土地を占有してきたものであること、を認めることができる。

4、ところで、≪証拠省略≫によれば、寺阪と控訴人とは従兄弟の関係にあるところ、寺阪は、昭和三六年初め頃から同三八年三月までの間、四、五回にわたり、控訴人から合計四〇万円を、利息および弁済期の定めなく借り受け、同年三月金一〇万円借受のさい、控訴人の要求により、借金の「かた」として本件土地を提供することとし、前記売買を原因とする所有権移転登記を経たこと、寺阪は、目下のところ返済の資力はないが、将来元本および利息を返済して右土地を控訴人から返還して貰う意図をもっていること、本件土地の同年三月ころにおける時価は、更地ならば三六八万円、また、土地所有者に対抗しうる権原なく建物が存在し、建物所有者に土地を売買する場合の価格二五七万余円であり、したがって、かりに借地権者の建物が存在し、第三者に土地を売買する場合の価格を基準として考えてみても、貸金四〇万円の代物弁済としては高価に過ぎる物件であること、を認めることができ、これらの事情を総合すれば、本件土地は右貸金四〇万円の譲渡担保として控訴人名義に所有権移転登記がなされたものと解するのが相当である。

5、ところで、≪証拠省略≫ならびに弁論の全趣旨によれば、

控訴人は、本件土地を譲渡担保として取得するさい、その地上に被控訴人北川らの他人所有家屋が存在し、同人らが寺阪から土地を賃借していることを承知していたこと、控訴人は、本件土地とは遠隔の豊岡市に居住し、貸金の譲渡担保として取得した事情から、控訴人みずから本件土地を使用する意思も必要もなく、単に物件の担保としての価値を保持すれば足るものであること、そして前記のとおり本件土地は、地上に他人所有の建物を存立させたままでも、貸金四〇万円(利息を考慮に入れても)の担保として充分の価値を有すること、昭和三七年末から同三八年三月にかけて、寺阪は被控訴人北川との間で、地上建物の買取りまたは土地の売渡しの話合いをなし、その直後に控訴人に対する土地所有権移転登記がなされ、その直後に控訴人は本件訴訟につき控訴代理人に訴訟委任をし、ついで本件訴が提起されたこと、被控訴人丸山は、本件居住建物を昭和三八年二月に被控訴人北川から権利金五五万円を支払って賃借し、鍍金業を営んでおり、被控訴人岡山は、土地賃借いらい十年余の間本件建物に家族五人で居住し、その間寺阪の承諾を得て建物を二階建に増築し、印刷業を営んで三、四万円程度の月収をあげており、他に資産はなく、被控訴人らは右建物の収去により著しい損害を蒙ること、

を認めることができる。

そうすると、控訴人の本件土地明渡の請求が、単に相手方を困惑させ、または相手方に損害を加えることを目的として行なわれているものではないにしても、被控訴人ら所有家屋が未登記であることに着目して、土地の担保価値以上の望外の利益を獲得する目的をもつものと推認するに充分である。したがって、控訴人が、本件土地所有権に基く明渡請求権の行使により法の保護を求めようとする利益は、社会的評価において軽度のものであり、明渡の実行により被控訴人らが忍受すべき損失の重大さと比較して考えると(被控訴人側も登記を怠った過失は責められなければならないが)、右明渡の請求は、信義を基調とする法感情の許容するところではなく、権利の乱用と称してさしつかえない。

6、よって、控訴人の請求は失当として棄却すべきであり、原判決は正当であるから本件控訴を棄却し、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 村瀬鎮雄 上野至)

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